コラム

アメリカ大陸の麻 ― 先住民の精神と、新世界の産業をつないだ植物

By 2025年12月18日12月 28th, 2025No Comments

麻と人類の物語(第7回)

― アメリカ大陸の麻 ―

先住民の精神と、新世界の産業をつないだ植物


■ 大地とともに生きる ― 先住民の植物観

アメリカ大陸の先住民たちは、
自然界にあるすべての存在に“霊(spirit)”が宿ると考えていました。
植物も、動物も、石や風までも。

その中で、繊維植物――たとえばアサ(hemp)やイラクサ、ユッカ、アガベなど――は、
衣と道具を生み出す神聖な存在として尊ばれていました。

北米の平原部族(スー族・チェロキー族など)は、麻や似た植物から糸を取り、弓の弦や網、縄を編みました。
アメリカ南西部のホピ族やズニ族は、祭祀や儀式で使う「煙草」に麻の葉を混ぜることもあったと伝えられています。
(出典:J. G. Bourke, The Snake-Dance of the Moquis of Arizona, 1884)

彼らにとって植物を使う行為は、「自然の力を借りる祈り」でもありました。
麻の繊維を編むことは、大地とつながるための精神的な儀礼でもあったのです。


■ 新大陸への伝来 ― ヨーロッパ人が持ち込んだ麻

15〜16世紀、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達すると、彼らは故郷から麻の種子を運び込みました。

理由は明快です。
「航海・植民・開拓には麻が欠かせなかった」から。

  • 帆や縄、袋をつくる

  • 衣服や寝具に使う

  • 書簡や記録のための麻紙を漉く

初期の入植地であるヴァージニア、メリーランド、ケンタッキーでは、麻が植民地の主要作物として奨励されました。

実際、アメリカ独立以前の17世紀には、ヴァージニア州法で「すべての農家は麻を栽培する義務がある」と定められていたほどです。
(出典:Virginia Assembly Records, 1619)


■ 麻と独立 ― 「自由を紡ぐ繊維」

18世紀後半、アメリカ独立戦争の頃。
麻は「自由のための繊維」として象徴的な役割を果たします。

独立宣言草稿が書かれた紙は、『麻紙(hemp paper)』でした。
また、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンら建国の父たちは、自ら麻を栽培し、布や縄、書類紙に利用していました。
(出典:Mount Vernon Archives, “George Washington’s Hemp Production,” 2018)

麻は、ヨーロッパの産業植物であると同時に、新しい国の「自立の象徴」となっていったのです。


■ 西部開拓と「自然の繊維」

19世紀、アメリカが西へと広がる中で、麻は再び“自然と共生する植物”として用いられました。

農家は麻を輪作の一部に取り入れ、土壌を豊かに保ちました。
また、麻の繊維は帆布・テント・馬具・袋など、西部開拓に不可欠な道具を支えました。

この時代、先住民たちと開拓民の間で、麻をはじめとする植物素材の知識が交流します。
繊維の撚り方、染め方、保存法――
その多くが、先住民女性たちの手仕事から伝わったとされます。
(出典:Smithsonian National Museum of the American Indian, 2019)


■ 近代 ― 禁止と再評価のあいだで

20世紀初頭、アメリカでは麻(hemp)と薬用大麻(marijuana)が混同され、1937年の「Marihuana Tax Act」により麻の栽培が事実上禁止されました。

しかし、第二次世界大戦中には一転して、「Hemp for Victory(勝利のための麻)」キャンペーンが展開されます。
軍用ロープ・帆・靴底など、戦時物資の不足を補うため、政府は再び麻栽培を奨励しました。
(出典:U.S. Department of Agriculture, 1942)

戦後ふたたび衰退するも、21世紀に入り、環境意識の高まりとともに復活の兆しを見せています。
現在ではケンタッキー州やコロラド州などで産業用ヘンプの栽培が盛んに行われ、バイオ素材や建築材、ファッションへと応用が広がっています。


■ 現代 ― ネイティブと麻の「再会」

近年、北米の先住民コミュニティでも、麻の栽培と工芸の復興が進んでいます。

たとえば、サウスダコタ州のオグララ・ラコタ族(パインリッジ居留地)では、環境再生と雇用創出のため、ヘンプを再び栽培し始めました。
この動きは、「Mother Earth(母なる大地)」との調和を取り戻すスピリチュアルかつ実践的な再生プロジェクトとされています。
(出典:Native News Online, 2021)

彼らにとって麻とは、かつて祖先が糸を紡いだように、人と自然、過去と未来を再び結び直す糸なのです。


■ 結び ― 「自由」と「祈り」を結ぶ植物

アメリカ大陸における麻の歴史は、征服と再生、産業と精神、自由と調和の物語です。

先住民が大地の声を聴き、入植者がそれを産業として発展させ、現代人が再び“自然の循環”に気づく。

そのすべての時代に、麻は「人がどう生きるか」を静かに問いかけてきました。

麻は、祈りと自由をつなぐ繊維。
そして今もなお、新しい時代の希望を紡ぎ続けています。


参考・出典資料

  1. J.G. Bourke, The Snake-Dance of the Moquis of Arizona, 1884.

  2. Virginia Assembly Records, “Act XI, Hemp Cultivation Mandate”, 1619.

  3. Mount Vernon Archives, “George Washington’s Hemp Production,” 2018.

  4. Smithsonian National Museum of the American Indian, “Native Plant Fibers and Traditional Weaving,” 2019.

  5. U.S. Department of Agriculture, “Hemp for Victory,” 1942.

  6. Native News Online, “Oglala Lakota Nation Revives Hemp for Economic Renewal,” 2021.

  7. Clarke, R.C. & Merlin, M.D., Cannabis: Evolution and Ethnobotany, University of California Press, 2013.