コラム

人形劇+提灯=忠兵衛?

By 2021年3月10日3月 18th, 2021No Comments

なぜ「忠兵衛」というブランド名なのか、お話ししましょう。

忠兵衛代表、金子潤一郎の曽々祖父の屋号が「忠兵衛」なのです。それを勝手に継承しました。

その昔、忠兵衛は佐渡島で提灯屋を営んでいました。佐渡島は金山が有名です。そして流刑の島でもあります。島に流された罪人たちが金や銀を掘る仕事についていて、闇の中を掘り進むために必要だったのが提灯です。それをつくっていたのがご先祖様です。

〝闇に灯る火〟というのが、〝深まりゆく環境問題の答えとしての麻〟にリンクするなと思って、名前を拝借しました。

提灯屋はずいぶん前に廃業していたので、名前だけでも子孫が継承したらご先祖様もお喜びになるに違いないと都合よく考えています。

忠兵衛のはじめての出店も佐渡島なのです。2006年にアースセレブレーションというフェスに参加しました。その後何年か続けて参加していましたが、屋外での出店を控えるようになってからは、参加を見合わせていました。

でも2019年の夏に久しぶりに佐渡島で展示会をしました。佐渡島はいま移住者が増えて、循環するコミュニティが生まれているようで、おしゃれなお店も増えています。忠兵衛が展示会をさせてもらったのも、〝on tha 美一〟というスペースで、とても居心地にいい空間でした。新しい波がいろいろな地域で生まれていることがうれしくなります。

そのときに地元の図書館で「忠兵衛」について調べてみました。小さな村の歴史資料を紐解いていくと、なんと忠兵衛は提灯屋でありながら、人形劇一座をも采配していたことがわかりました。

これまで聞いたことのないことなのでびっくりでした。〝手先が器用なことをいかして、人形をつくっていた〟らしいのです。

佐渡島は鬼太鼓という和太鼓や、お能など、文化的に華があるのですが、人形劇もそのひとつです。いくつかの一座があって、村々を練り歩いて、島民の喜びになっていたようです。

ということで、これまでブランド名の由来を聞かれた時は、先祖の提灯屋からいただいた名前だと言っていましたが、最近は〝提灯屋と人形劇一座〟と言うようにしています。

〝闇を照らし〟〝人々の喜びになる〟ということをあとづけの理由にして。