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麻を炊く儀ー煙に込められた祈り

By 2025年11月4日No Comments
煙

UnsplashのCamilo Contrerasが撮影した写真

古来、人は「煙」に祈りを託してきました。

香を焚き、草を燻(いぶ)し、火を囲む――

その中心には、麻がありました。

麻が古来より、人類と共にあった一端を、紐解いてゆきます。

 

麻の煙 ― 清めと再生の象徴

麻は、燃やすと独特の澄んだ香りを放ちます。

古代の人々はその香を「邪を祓い、身を清める力」と信じ、茎や葉を乾かして焚く習慣を生み出しました。

その煙は、目に見えぬ世界へ祈りを届ける“橋”のようなもの。

そして、火のあとに残る灰は「再生」を意味しました。

日本 ― 「祓い」の中の麻

日本では古くから、麻は清浄の象徴。

伊勢神宮をはじめ、多くの神社の神事で麻が用いられ、「祓具(はらいぐ)」には、麻の繊維が束ねられています。

また、地方によっては「麻を焚いて煙を浴びる」習慣がありました。

これは、

一年の穢れを払い、新しい生命の気を受け取るため

の儀式。

燃やすのは種ではなく、茎や葉を乾燥させた部分。

その香りは静かで、どこか懐かしく、心を鎮める力を持っています。

中国・中央アジア ― 神と交わる香として

中国では「麻(マ)」は薬草・繊維・食としての利用と並び、香(こう)として焚く文化もありました。

中央アジアの古いシャーマニズムでは、麻の煙が「神々と交わる媒介」とされ、儀式の前に少量を焚いて精神を鎮め、“天と地を結ぶ”と信じられていました。

煙は目に見える祈り、香は目に見えない言葉。

麻は、その両方をつなぐ植物だったのです。

ヨーロッパ ― 麻と安息の香

ヨーロッパでも、中世以前の農村では、収穫祭や葬送の際に麻の葉を少量焚く風習が残っていました。

「麻の煙が魂を導く」と信じられ、それは祈りと別れ、両方の象徴でした。

のちに麻は産業素材として広く利用されますが、その原点には「香草」としての神聖な役割がありました。

 煙に込められた祈り ― 麻のスピリット

麻を焚くという行為は、単なる宗教儀式ではなく、自然との再接続の時間。

火で形を失い、煙となって空へ昇る。

その過程に、「手放す」「祈る」「再生する」という循環が宿っています。

そして灰は、再び土へと還り、新たな命を育てる。

麻は、燃やされてもなお、「生きる力」を教えてくれる植物です。

 

現代へのつながり

 

現代でも、麻の香はアロマやお香として蘇り、心を落ち着けるナチュラル・リチュアル(自然儀礼)として受け継がれています。

「清めること」「祈ること」「感謝すること」―それは古代も今も変わらぬ人の営み。

麻の煙は、時代を超えて、人と自然をつなぐ祈りのかたちを伝え続けています。

 


 

 

参考・出典

  1. 『植物繊維の文化史』(日本繊維学会, 2019)
  2. Clarke, R. & Merlin, M. Cannabis: Evolution and Ethnobotany, UC Press, 2013
  3. 中村学『神と麻 ― 日本の祓いの文化』, 2015
  4. UNESCO, Intangible Cultural Heritage: Smoke and Purification Rituals in Asia, 2023