
UnsplashのCamilo Contrerasが撮影した写真
古来、人は「煙」に祈りを託してきました。
香を焚き、草を燻(いぶ)し、火を囲む――
その中心には、麻がありました。
麻が古来より、人類と共にあった一端を、紐解いてゆきます。
麻の煙 ― 清めと再生の象徴
麻は、燃やすと独特の澄んだ香りを放ちます。
古代の人々はその香を「邪を祓い、身を清める力」と信じ、茎や葉を乾かして焚く習慣を生み出しました。
その煙は、目に見えぬ世界へ祈りを届ける“橋”のようなもの。
そして、火のあとに残る灰は「再生」を意味しました。
日本 ― 「祓い」の中の麻
日本では古くから、麻は清浄の象徴。
伊勢神宮をはじめ、多くの神社の神事で麻が用いられ、「祓具(はらいぐ)」には、麻の繊維が束ねられています。
また、地方によっては「麻を焚いて煙を浴びる」
これは、
一年の穢れを払い、新しい生命の気を受け取るため
の儀式。
燃やすのは種ではなく、茎や葉を乾燥させた部分。
その香りは静かで、どこか懐かしく、

中国・中央アジア ― 神と交わる香として
中国では「麻(マ)」は薬草・繊維・食としての利用と並び、香(こう)として焚く文化もありました。
中央アジアの古いシャーマニズムでは、麻の煙が「神々と交わる媒介」とされ、儀式の前に少量を焚いて精神を鎮め、“天と地を結ぶ”と信じられていました。
煙は目に見える祈り、香は目に見えない言葉。
麻は、その両方をつなぐ植物だったのです。
ヨーロッパ ― 麻と安息の香
ヨーロッパでも、中世以前の農村では、収穫祭や葬送の際に麻の葉を少量焚く風習が残っていました。
「麻の煙が魂を導く」と信じられ、それは祈りと別れ、両方の象徴でした。
のちに麻は産業素材として広く利用されますが、その原点には「香草」としての神聖な役割がありました。
煙に込められた祈り ― 麻のスピリット
麻を焚くという行為は、単なる宗教儀式ではなく、自然との再接続の時間。
火で形を失い、煙となって空へ昇る。
その過程に、「手放す」「祈る」「再生する」
そして灰は、再び土へと還り、新たな命を育てる。
麻は、燃やされてもなお、「生きる力」を教えてくれる植物です。
現代へのつながり
現代でも、麻の香はアロマやお香として蘇り、心を落ち着けるナチュラル・リチュアル(自然儀礼)
「清めること」「祈ること」「感謝すること」―それは古代も今も変わらぬ人の営み。
麻の煙は、時代を超えて、人と自然をつなぐ祈りのかたちを伝え続けています。
参考・出典
- 『植物繊維の文化史』(日本繊維学会, 2019)
- Clarke, R. & Merlin, M. Cannabis: Evolution and Ethnobotany, UC Press, 2013
- 中村学『神と麻 ― 日本の祓いの文化』, 2015
- UNESCO, Intangible Cultural Heritage: Smoke and Purification Rituals in Asia, 2023
