第1回|
始まりの種 ― ヘンプという存在
忠兵衛がつくる衣には、すべて「はじまり」があります。
それは糸でも、布でもなく、一本の植物 ― 麻。
人類の歴史のなかでも、最も古くから人とともに歩んできた植物のひとつです。
数千年前の縄文遺跡からも、その繊維や種子の痕跡が見つかっています。
麻は、衣としてだけでなく、縄や紙、食や住にも使われ、あらゆる生活の場面で人間の営みを支えてきました。
その命の営みは、静かでたくましいものです。
ほんの小さな種が、100日も経たないうちに、まっすぐに、迷いなく天に向かって伸びていく。
農薬や肥料に頼ることもなく、大地と太陽と水、そして風とともに育つ姿は、ただ見ているだけで、自然の美しさと力強さを教えてくれます。
荒れた土地を耕し、他の植物の成長を助けるほど、環境への再生力を持っているのです。
「衣になる前」に、こんなにも尊い命の営みがあること。
それに気づいたとき、私たちが毎日袖を通す布は、ただの「素材」ではなくなります。
今、手のひらにあるその一着の服が、どこか遠くの畑でそっと芽を出した種から始まっていること。
その「はじまりの種」への感謝を、忘れずにいたいと思います。